「はてな」の観察(染谷商店のブログ)

革製品ブランド「sugata」を企画する、染谷商店のブログです。

「心」が5キログラムの鉄アレイとバナナの皮でできているとした場合の話(前編)

私は、いわゆる「心」と呼ばれる ものが、自分自身の中に在ると、

確かに感じている。しかしながら、 私の存在と同義とも言える、

その身近な感覚は、いざ言葉で言い表 そうとすると、実に難しい。

曖昧で、何とも捉えがたい存在だ。

「あなたには、心がありますか。」 と、もしも誰かに尋ねられたなら

私はさほど迷うことなく「はい、 あります。」と答えるだろう。

けれども「ではあなたの言う心 とは、何ですか。」と重ねて問われたとき、

私は途端に言葉に詰まってしまうに違いない。実際のところ、私は

このことについて自分自身を納得させる回答さえ持ち合わせていないのだ。

 

ある科学者が「心とは脳機能の 一部、神経回路のやりとりの結果 でしかない。」と

言ったそうだ。

 

それは、科学的に考えた場合の「 心」の正体。  

 

「心」とは何か、という疑問に ついて、現代の人間が出し得る、

真実に最も近い回答であるのかも 分からない。けれども、私はその言葉に、

少なからぬ違和感を覚える。それは、私が日頃何となくのうちにも意識し、

口にしている「 心」という言葉との間にずれが生 じているからに他ならない。

 

現時点において、私にとっての 「心」という言葉は、非常に不確かでは

あるものの、科学的に考え る「心」の説明に依るだけでは、

決して表現することのできない意 味合いを含む。  

 

私は、自分自身にとって最も身 近である感覚、「心」について、

今一度考察してみることにする。

 

「心」について考えはじめる前に

 

私は、地球の形が球体であるこ とを知っている。

しかし、地球が 球体であるという真実を、実感す ることはとても難しい。

私が自らの感覚を通じて認識する地球の形 は、どこまでも果てしなく

続いていく平面である。 言うなればそれは、「真実とし ての地球の形」と

「実感としての 地球の形」の相違である。真実と実感が一致しないことは、

往々にしてある。

さて、これから考える のは、心のはたらきを生じさせる体の仕組みの正体に

ついてではない。あくまで、私個人が「心」と いうものをどう捉えているか、

何を指し示してそう呼んでいるか、と いうことについての考察である。

それにより、科学的に考えた場合の「心」と、「実感としての心」の間に

生じる違和感の正体を明らか にしてみたいと思う。  

 

まず、はじめに心のあるものと 心のないものについて、私がどのように

捉えているか確認を行う。

「心」について考察するための材料として、まずはじめに、心の有無の境界線に

ついて考えていきたい。

 

私は、石に「心」がないと考えて いる。 私は、輪ゴムに「心」がないと考えている。

 

私は、ペッパー君(人工知能搭載 ロボット)に「心」がないと考えている。

 

私は、アリに「心」があると考えている。

 

私は、犬に「心」があると考えている。

 

私は、私の妻に「心」があると考えている。  

 

現時点において、私はこのよう に考えている。アリの心の有無については

かなり悩んだが、人とは その性質が違うにしろ、虫にも「 心」に

相当するものがあると考えた。私にとって心の有無の境界線は、

ペッパー君とアリの間にあるようだ。

 

「心」と「心ではないも の」。それを隔てている境界線の意味を追究すれば

自ずと私にとっての「心」とは何であるかという ことが明確になるのでは

ないだろうか。  

心の有無の境界線。それは、「 心」を「心」たらしめる根拠そのものである。

それを確かなものと するため、思考実験を試みる。

私にとって身近な存在である、私の妻を起点として、自らの考えに

揺さぶりをかける。

 

以下、思考実験。  

 

ある朝、妻が私に言う。「実は、 私は未来からやって来たロボットです。」

そして、私が驚く間もなく、その証拠の数々を机上に広げる。私の妻は、

普段まったく嘘をつかない。そして、いわゆるサプライズというものを好まない。

 

私は、私の妻が未来からきたロボ ットだと信じざるを得なくなる。

 

 妻が言う。

ソフトバンクロボティクス社のペッパー君を知っているでしょう。

私は、その直系の後継機MH-600です。」そして、ロ ボット(妻)の保証書を

差し出す。

 

私は、妻がロボットであり、ペッ パー君の後継機であることを

信じざるを得なくなる。

 

妻が私に尋ねる。「私には、心があると思いますか。」私は答える。

「はい、あると思います。」 私は、ながく生活を共にしてきた妻が、

未来につくられるロボットであることを知った場合にも、そこには

心があると考える。

 

私は、未来のロボットに「心」が あると考える。  

 

妻が続けて尋ねる。

「では私の原型である、現代のペッパー君に心があると思いますか。」

私は答える。「いいえ、ないと思います。」

 

私は、現代のロボットに「心」が ないと考える。    

 

妻が台所の引き出しから道具を出してくる。

見たこともないゴー グルのような眼鏡。妻は「これをかけてみてください。」

と言う。私はそれを装着する。すると、ある一定の距離にあるものだけが、

目に映る。ある距離よりも、手前や奥に あるものは一切見えなくなる。

妻曰く、これは現代で言うところのレントゲンやMRIであり、

未来の医師が使う眼鏡だそうだ。

「その眼鏡で、私の体の中身を見てください。」

私は、妻から1.5メートル程の距離をとり、妻のいる方向を見た。

すると、輪切り状になった妻の断面 が見える。 意外なことに、

中身はほとんど 空洞だ。そして何やら見覚えのある形。私は眼鏡の

フレーム部にあるダイヤルを回して焦点距離を前後させる。

見えてきたのはふたつの球体、それらを繋いでいるバー。「5kg」の文字。

そしてその上には、くたっとしたバナナの皮のようなもの。  

妻が言う。

「私の心は、5キログ ラムの鉄アレイとバナナの皮でできています。」

私は、妻の「心」の正体を見て、 妻(未来のロボット)には心がある、という

ことについて確信が持てなくなる。  

妻が言う。「次はあなたの体の中を見てください。」

私は、うつむくようにして自分自身の体の中を覗き込む。

眼鏡の焦点距離を短く する。体の中身に焦点が合う。  

そこには、私が想像していた内 蔵などはなく、ほとんどが空洞である。

そして、妻と同様に5キログラムの鉄アレイと、それにかぶさるバナナの皮が見えた。

(後編へ続く)

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